使徒行伝5章12~32節

「さあ行きなさい。そして、宮の庭に立ち、この命の言葉を漏れなく、人々に語りなさい」。 彼らはこれを聞き、夜明けごろ宮にはいって教えはじめた。 
使徒5章20-21節 (p.188)

序 論)
 使徒たちによる多くのしるしもあって、教会は急速に大きくなっていきました(12-17)。それをねたんだ宮 (神殿)の権威者たちは、ペテロとヨハネ以外の使徒たちをも捕らえて留置所に入れました(17-18)。それに対して ペテロや使徒たちが行ったことは…

1.命の言葉を語り続けた
  神様は、み使いを遣わして、使徒たちを助け出されました。(19) そして、使徒たちに「命の言葉」を語るように命じられました。(20)
  そして、神様は「漏れなく」(20)(「ことごとく」新改訳)宣べ伝えなさいと励まされました。彼らは夜明け頃、再び宮に戻ってみ言葉を語り始めました(21)。
「福音」の言葉が私たちにとって命の言葉です。イエス様の十字架と復活を宣べ伝えることが、人々を命に招き、命を与えることになります。
  大祭司を中心とするサドカイ派の人たちは、再び議会を招集しました(21後半)。そして、使徒たちを牢から引き出し、尋問しようとしましたが、役人たちは牢が空であることを発見します(22)。
  その報告を聞いて、宮守がしらと祭司長は戸惑い、不安になりました(24)。
  使徒たちは、連行されます。役人たちはエルサレムの民衆に「石で打ち殺されるのを恐れて」、手荒なことはしませんでした。(26-27)

2.主イエスの救いのみわざを証しした
  大祭司は、「あの名」(28)と言って、イエス様の御名を直接、口にしようとはしませんでした。そして、宣教することを禁じたことを思い起こさせようとします。
  しかし、「主イエスの御名」による宣教はとどめることはもはや出来なくなっていました。宣教の働きが「エルサレム中に」(28)広まっていることを当局も認めざるを得ませんでした。そして、「あの人」(28)を殺した責任まで、「わたしたちに負わせようと、たくらんでいる」と言いました。
  それに対してペテロと使徒たちは、人間にではなく、神に従うこと、そして「わたしたちの先祖の神」(29)が、イエス様の十字架による救いのみわざを成されたと語りました。
  イエス様の十字架をここでは「木にかけて殺した」(30) と言っています。
  パウロは「木にかけられる者は、すべてのろわれる」という申命記21章23節(p.277)を引用し、「キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいからあがない出して下さった。」(ガラテヤ人への  手紙3章13節 p.296)と語ります。
  イエス様は私たちが自分たちの罪のゆえに受けるべき呪いを、私たちの身代わりに十字架の上で受けて下さったのです。
  そして、ペテロは「あなたがたは…」と宗教指導者たちに主イエスの死の責任があることを伝えます(30)
主イエスの十字架に続いて、神様は主を復活させられました。さらに「導き手、救い主として」栄光を与え、「ご自身の右に」上げられました。(31)
  ここでは私たちの「悔い改めと罪のゆるし」は、イエス様の神の右の座に着座されたことによって成されることを強調しています。
  それは、イエス様が昇天され、神の右の座に着かれた後に、聖霊が弟子たちに降ったからです。
  私たちが悔い改め、イエス様を信じ、罪の赦しをいただくことができるのも聖霊のお働きによるのです。
  使徒たちは、自分たちと聖霊が、神様がイエス様によって成された救いのみわざの証人であるから、どんなに脅かされても語らずにはおれませんでした。(32)

結 論)神様がみわざを成されるとき、サタンは、いろいろな方法や様々な問題を通して邪魔をしようとします。
 しかし、聖霊によっていつも共にいて下さる主イエスにより頼むなら、必ず悪の妨害に打ち勝つことができます。
 内側から外側からサタンの攻撃が来るときこそ、主イエスにより頼んで祈りましょう。
 神様は、思いがけない方法、人知を超えたやり方で、私たちを助け、救い出して下さいます。

 「そのとががゆるされ、その罪がおおい消される者はさいわいである。主によって不義を負わされず、その霊に偽りのない人はさいわいである。」
      (詩篇32篇1-2節 p.773)
 主イエスによって救われ、罪赦された幸いを覚え、時が良くても悪くても、命の言葉を語り、救い主イエス様を証ししてまいりましょう。

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